2021/06/22 16:00

誰もが100歳まで歩ける社会へ
現役医師によるスタートアップが描く、「健康寿命100年時代」

東京都が仕掛ける日本のものづくり「Tokyo Startup BEAM」を特集する連載「『ものづくりの街 TOKYO』始動」。

今回取材したのは、「いわゆる医療活動をすることだけが、医師のあるべき姿ではない」と語る現役の医師にして、2017年に自身が設立した株式会社ジャパンヘルスケアで代表取締役を務める岡部大地。

患者にとって最も有益なこととは何かを考え抜いた末に、岡部がつくりあげたプロダクトとは?

株式会社ジャパンヘルスケア代表取締役 岡部大地

人生100年時代と言われるいま、筋骨格系疾患(ひざや腰の痛みなど、筋肉や骨に関する疾患)は社会的課題になっている。運動や趣味活動を制限するだけに留まらず、高齢者が要介護となる主な要因に挙げられるからだ。

要介護高齢者の家族にかかる時間的・心理的負担は大きく、医療・介護費による国家的な経済損失も著しい。当然ながら、疾患を抱えた本人の健康寿命が短くなることによる「幸せの損失」は、数字では測れない重さがある。

岡部が足の専門医として診療を続けながら事業を展開しているのは、この社会的課題を見過ごせないからだ。「100歳まで歩ける社会をつくる」というジャパンヘルスケアのビジョンは、岡部が人生を賭けて取り組むミッション(使命)そのものとなっている。

「大学卒業後の私は、多くの患者を診ることを望み、総合診療医として病院で勤務をしていました。しかし、目の前の患者と向き合う忙しい毎日のなかで、このまま診療を繰り返し続けることが『患者を本当に救っているのか』『自分のすべき医療なのか』と自問するようになりました」

その萌芽は、医学生時代にあった。岡部は、実習現場で透析治療を受け続ける糖尿病患者を目の当たりにし、「もっと早い段階から原因にアプローチできていれば、こんなことにはならなかったのではないか」との思いを強く感じたという。総合診療医として働くなかで、その思いはより強固になった。

「患者が病院を訪れる段階では、既に根本的な解決は難しいことが少なくありません。つまり、やるべきことは病院内ではなく、日々の暮らしのなかにある。予防医療こそ、健康寿命延伸の鍵なのです」

岡部は医師5年目に所属を千葉大学大学院に移し、ひざの痛みや腰痛などの筋骨格系疾患に対して環境からアプローチする先進予防医学を学び始めた。

「超高齢社会に突入した日本では、生活習慣に起因する循環器疾患の予防医療は広く認知されていて、糖尿病専門医も何万人といます。その一方で、すべての疾患群のなかで二番目に長く生活に支障をきたす筋骨格系疾患への予防医療は、対策が十分とは言えません。筋骨格系疾患の予防や早期治療を専門とする医師は、世界的にも少ないのです。

日本人の平均寿命は約80歳にまで伸びましたが、健康寿命は70歳程度に留まっています。人生100年時代と言われるなか、100歳まで生きられるなら100歳まで歩けるほうが健全ではないでしょうか。予防医療を行うなら、筋骨格にアプローチする医療に携わっていきたいと考えるようになりました」

100歳まで歩くためのソリューションとは

予防医療も病院内におさまっていたのでは、地理的条件などによって治療が受けられる人に制限が生まれる。もっと広く届けるためには、起業を選択するほかになかった。

「人々のために何ができるかを第一に考えたとき、私が思い描いた形は、病院という枠のなかで成立させることが難しいものでした」

こうして岡部は、歩くことにフォーカスした事業を展開する。岡部に理学療法士と作業療法士を加えた3人で他社スタートアップと共創しながら、ヒールにモーションセンサーを取り付け、同期したアプリによる音声で歩き方を指導する「スマートヒール」、歩き方を3Dデータ化しAIが歩行指導するシステム「ミラーウォーク」を開発した。

そしてその後、まだ無症状な人にも、筋骨格系疾患で実際に困っている人にも効果的にリーチできるインソールに着目した。

「もともと、私はO脚で扁平足。外反母趾もあって、疲れやすかったのですが、それは仕方がないことと半ばあきらめていました。しかし、処方されたインソールを履いたところ、体が劇的に楽になりました。

筋骨格系疾患の治療には物理的なアプローチが必要です。骨盤バンドをイメージしてもらうとわかりやすいのですが、よく行われているのは横からのアプローチです。それに対して、インソールを使った治療は縦のアプローチ。つまり重力に対して唯一抗えるのがインソールなのです。運動は一時的ですが、靴は誰もが継続的に履きますから、筋骨格系疾患に効果のあるインソールを入れておくだけで、継続的な治療を行うことができます。もちろん、筋骨格系疾患の予防にも役立ちます」

当初は、コストや時間はかかったとしても海外からインソールを取り寄せて展開することを考えたという。しかし、その体制では多くの人には届かない。岡部は、誰でも簡単に購入できる医師監修のオーダーメイドインソール「HOCOH(ホコウ)」のサービスをスタートした。

「自社製品で勝負しようと考えたのは、日本の実情に合わせた最適なインソールを作った上で、その必要性も伝えなければならないからです。『日本の足をどうにかしましょう』という啓蒙は、自らが発信しないと伝わらない。医師として、またジャパンヘルスケアの代表として自分がすべきことは、『日本に足を大事にする文化をつくること』。そこに辿りつきました」

ジャパンヘルスケアが手がけるインソール「HOCOH」

足を大事にする文化の形成へ

「人間には約200の骨があり、そのうち56が足首から下にあります。見比べると面白いのですが、一人ひとりの顔が異なるのと同様に足の骨格には違いがあるのです。したがって、インソールで歪みを整えるためには、患者ごとにオーダーメイドである必要があります。しかし、簡単に専門病院に来られる人なら良いのですが、足を専門に診療する病院も、効果的なインソールをつくれる事業者も日本には少ないのが現状です」

ジャパンヘルスケアが手がけるインソール「HOCOH」は、スマートフォンで撮影した画像を使ってAIと3Dプリンターでつくるというもの。足の写真をLINE公式アカウントに送るだけで、全国どこからでもオーダーメイドインソールが安価に作製できる。

ジャパンヘルスケアは今回のTokyo Startup BEAMの採択を受けて、このインソールの製作手法を活用したサンダルの試作を開始。「HOCOHサンダル(仮名)」は、2021年夏にプロトタイプを完成することを目指して、Tokyo Startup BEAM が提供する3Dプリンターの利用環境を活用して、検証を繰り返している。

「サンダルに適したインソールやオーダーメイドのサンダルをつくる場合、ヒールカップの深さやアーチの傾きなど、数十項目の製品検証が必要となります。当然、検証項目を増やせば時間もコストもかかりますが、Tokyo Startup BEAMの採択により3Dプリンターの利用環境が得られたので、スムーズな検証を行うことができました」

「HOCOHサンダル(仮)」は、来年初頭に月100足の量産展開を目指す。

「サンダルの製作に着手した最大の狙いは、『足を大事にする文化』の形成です。夏にはサンダルを履きたいという患者さんのニーズをよく聞きます。確かに年中靴下とスニーカー一択なんて、お洒落の楽しみの幅が狭くなってしまいます。そこで、ファッションも楽しみながらインソールを着用しつづけられる環境づくりとして、サンダルを提供したいと思っています」

筋骨格系疾患の予防医療において重要となるのが、足の健康は極めて大事だという認識を浸透させること。「インソール機能をもったファッションアイテム」という切り口からも、足の大切さやインソールの認知が拡がることを期待しているという。

「個人の経済状況や住む地域ごとの医療格差とは関係なく、『靴にはオーダーメイドのインソールが入っているもの』。そんな当たり前を提供したいと考えています。『筋骨格へのアプローチ』が健康寿命の延伸に効果的なのは、医療的見地からも明らかです。

5年後か10年後、健康寿命へのさらなる意識の高まりとともに『筋骨格へのアプローチ』は、大きなムーブメントになると確信しています。そのときキー・ソリューションとなるのが、インソールなのです。医師として、そのニーズには全力で応えたい。いまは、100歳まで歩ける未来に向けた準備を急ピッチで進めているところです」

「人生100年時代」から「健康寿命100年時代」へ。

誰もが100歳まで歩けるのが当たり前という幸せな未来は、「HOCOH」が先導する「足を大事にする文化」によって実現されるに違いない。

岡部大地(おかべ・だいち)
1986年奈良県生まれ。2012年三重大学医学部卒業後、総合診療医として勤務。医師5年目に千葉大学大学院で先進予防医学を専攻。17年に株式会社ジャパンヘルスケアを設立し、代表取締役医師に就任。18年からは専門を総合診療医から足病医に変更し、足の診療を続けながら、事業を展開。